本日は山田寿々冠ライブ「みんな、大好き」、そして生誕祭&卒業セレモニーに足を運んでくださった皆さん、DMM配信を見てくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
冠ライブで最後に5期生1人1人と歌えて本当に良かったです。皆来てくれてありがとう。
そしてチームBIIのメンバー皆も本当にありがとうございます。
14歳でNMB48に入って今年で19歳になりました。
NMB48に入って、こんなにも私のことを好きだと、ずっと味方だよって言ってくださるファンの皆様に出会えて本当に幸せです。
まぁそうですね、本当に幸せです、私は。幸せ者です、ほんとに。
いま皆さんの顔を目に焼き付けてるんです。
ちょっと言いたいこと飛んだ。
でも、昔からね、お兄ちゃんやお姉ちゃんを見てアイドルになりたいなって思っていて。
私は人に元気や勇気をお届けしたくてアイドルになったんですけど、皆様には悔しい思いの方がさせてしまったかなとも思います。
でもその度に皆が「次また頑張ろうね」って、「まだまだついて行くよ」って言ってくださってとても心強かったです。
私はさっきのお母さんの手紙にもあった通り、お母さんの反対を押し切ってNMB48に入ってきました。
でもお母さんも受かった時は凄く喜んでくれて、お母さんもパパも毎日どれだけ仕事で夜が遅くなっても送り迎えとかしてくれて、寒い日も暑い日も、私が仕事で悔しいことがあった日や悲しいことがあった時、お腹が空いた時は凄い機嫌が悪くて八つ当たりをたくさんしてしまいました、ほんとに。お腹が空いたがほとんどだったんですけど。
ほんとに八つ当たりをしてしまってたんですけど、でもその度に怒るわけでもなく、優しく私の気持ちを読み取ってくれていて。
お母さんに卒業を相談している時に、私が「お母さんの反対を押し切ってNMB48に入ってお姉ちゃん超えるって言ったのに、お姉ちゃんを超えるところが選抜にも入られへんかった」って口にしたことがあって。
その時、お母さんが「なんにも続かへん寿々が4年間NMBだけは続いたし、よく頑張ったよ」って言ってくれて凄く心が軽くなりました。
おばあちゃんも「もう寿々だけは絶対に芸能界いかんどってくれ」って、「そばにいてくれ」ってずっと昔から言われてたのにおばちゃんとの約束を破って芸能界に入って。
でもおばあちゃんも受かった時は一緒に喜んでくれて、出てる番組も全部チェックしてくれて、公演にも遊びに来てくれて。
こんなにも協力してくれてた家族にもなかなか良い報告ができなくてとても悔しかったなと思います。
さっきの手紙にもあった通り、お母さんとパパの仕事がなかなか思うようにいかなくて、支えたいと思いました。
4年間私は好きなアイドルをさせていただいたので、これからはお母さんたちが好きなことできるように私が支えていきたいと思いました。
私はいつからか人と争うのが怖くなってしまって、人と争って負けて、もうこれ以上悔しい思いもしたくないし、自分にがっかりしたくなくて。
それで、でもだから私はもしかしたらアイドルに向いてなかったのかもしれません。
人と競い合うのがもう怖くて、踏み出す勇気もなくて。
だからもうここにはいれないかなと思いました。
でも、そんな時でもファンの皆さんが「もう存在してくれてるだけでありがたいよ」って存在意義を教えてくださって。皆さんが私をここまでアイドルでいさせてくれました。本当に皆さんにはとても感謝しています。
ファンの皆さんと少しの間、いつからかもわかんないですけど、でも会えるようにこれからも精一杯自分の夢を追いかけながら頑張っていくので、ずっとずっと見ていてくださったら嬉しいです。
SNSも続けますので、是非「元気かな?」ぐらいの感じでもいいので是非見に来てください。
私はNMB48に入って本当に本当に良かったです。とっても幸せでした。
ここまで、今日まで応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。
(2020年12月22日 NMB48劇場 山田寿々 卒業セレモニー)