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行天優莉奈 25歳の生誕祭スピーチ全文

24歳の1年はどんな1年でしたか?

そうですね、24歳の1年、何したかなーと思って、なんかカレンダーを振り返ってたんですけど、なんか一番多かったお仕事としてはやっぱり舞台のお仕事を連続で3作、こうポンポンポンってやらせていただいて、けっこう外仕事のことをやらせていただいたなっていう風に思ってて。

で、まぁちょっとね、その期間ね、こう舞台とコンサートが同時進行で進んでたりとかしてて、劇場に、そのチーム4のサムネイル公演が10月3日に終わって、そっからその周年とか、そういうこうイベントの劇場には出させていただいたんですけど、こういうこう僕太とか、そういうのに、その時、僕太しかなかったのか、僕太と研究性公演しかなくて、でも皆が凄い「覚えて、覚えて」って凄い言ってくれてて、ファンの人も「覚えて、覚えて」って凄い言ってくれてたんですけど、なかなかね、自分のちょっとキャパ的に覚えられなくて、劇場で皆さんにお会いすることがなかったりとか、けっこう舞台に来てくださる皆さんはお会いできてたけど、やっぱりパフォーマンスをしてる私が好きって言ってくださる皆さんはちょっと寂しい思いをさせちゃったかなっていう風には凄く思ったんですけども、私自身、そうですね、演じることは凄く好きで、舞台やらせていただいて、2回目の2.5次元の舞台だったりとか、こう、何だろうな、また違うこの10年目にしてもまだまだ新しい経験をさせていただいて凄く嬉しかったなと思いますし、香川県観音寺市のふるさと応援大使をやらせていただいてるんですけど、東京の有楽町駅の目の前のところで観音寺フェアがあった時に、それにも呼んでいただいて、ふるさと応援大使としてお仕事することができたし、こう実家に帰った時とかに、その観音寺のおすすめの場所だったりとか、お土産だったりとかをママに、ママとかパパに手伝ってもらって、車で連れて行ってもらって、こう皆さんにシェア、インスタのストーリーの、このまるまるまるまるっていっぱいあるまるの中にあるんですよ、ふるさと応援大使っていう、まるまる

※永野芹佳「ハイライト」

そう、ハイライト。ハイライトがあるんですけど、それをさせていただいて、それを参考に皆さんが観音寺に来てくださった時に、色々なこう参考資料にしてくださったっていうのは凄く嬉しかったですし、私自身こう香川県観音寺市出身として何かこう貢献できてるのは凄く嬉しいなっていう風に感じることができて、色んな経験もできたし、でもちょっと、ね、その分、何だろう劇場になかなか出れなくてちょっと寂しい思いをさせちゃったかなーっていう、ワー、クシュン(笑) なーとはあったんですけど、でも凄い色々な経験をできたし、24歳は、24歳で凄く楽しかった1年だったなーって思います。

25歳はどんな1年にしたいですか?

そうですね、まぁ25歳の1年は、まあ、そうですね、アイドル人生11年目に突入ということで、マレーシアのKLP48に1期生として参加させていただくんですけど、そうですね、まあ凄く楽しみな分もありますし、正直やっぱり、この何だろうな、AKB劇場にもうしばらくは立てないし、やっぱりずっと一緒に頑張ってきてくれたメンバーだったりとか、いつも支えてくださる、凄い親しみやすいスタッフさんだったりとか、ファンの皆さんだったりとかになかなか気軽にはもう会えないので、やっぱりね、飛行機で7時間かけてファンの皆さんが会いに来てくだされば会えるんですけど、なかなかね、皆もお仕事してるし、ね、もしかしたら他のもう1つのヲ仕事もね、こっちのヲお仕事とかもね、あるかもしれないし、ね、凄いあの、何だろうな、寂しいなと思うことも凄くあるんですけども、今回ね、今日のメンツだとはーちゃんもね、一緒に行けるということで、日本人だと私を含め4人一緒に行けるっていうことは凄く心強いので、マレーシアに行ったとしても、マレーシアのメンバーともちょっと人見知りなチョビンがあるんですけど、まぁそれは本当に海外に行ったら絶対に無くさないといけないし、言葉が、まだ全然喋れないんですけど、喋れないからこそ積極的に行った方がいいよっていうことだったので、その辺は今までの25年生きてきた、ちょっと内気な私の皮? 殻を破って、凄い積極的な外交的な私になれたらいいなっていう風に思ってますし、こう久しぶりに皆さんに会った時とかに、凄い良い、私のマイナスと言ってはあれですけど、そういうちょっと直した方がいいよってファンの方にもたくさん言われてたところが改善、改善っていうか良くなってたら凄くいいなと思いますし、まだデビューが、KLPのデビューが8月なので、マレーシアに行ったらまずそのデビューに向けて一生懸命頑張りたいなと思いますし、これからマレーシアのKLP48がどういう活動をしていくかっていうのはまだ未知のところも凄くあるんですけども、マレーシアに行っても、なんか「僕、私の推し行天優莉奈ちゃんだし、応援してて良かったな」って言っていただけるようにビッグ行天に、日本にいても、なんだろう、なんか凄いらしいよっていうのを情報が届くぐらいになればいいですし、日本で夏フェスとかやってる時にKLP48としてAKBのメンバーと、なんか同じステージに立てたりとかしたら凄く嬉しいなって思っているので、私は25歳で一番年上ですし、一番アイドルやってきた歴も長いんですけど、まあでも1期生って同期ということなので、なんか同期としてその先輩後輩とかそういうの関係なしにフラットに、でも今までこの10年アイドルやってきて培ったものを新しく入ってくるKLP48のメンバーにこう少しでも、何だろうな、何だろう、背中を押せる後押しだったりとかダンスだったりとかは、こう教えられるものは教えられると思うので、そういう風に切磋琢磨していきながら素敵なグループを作っていけたらいいなっていう風に思っていますし、そうですね、私自身ももっともっと素敵な、素敵な女性になれるように、なんかこの、この感じもそろそろちょっと落ち着いた、なんかこのスピーチとかも「そうですね、はい♪」みたいな感じで(笑) できるようになればいいなっていう風に思ってます。

不安もたくさんありますけど、楽しみもたくさんあるので、キラキラした素敵な25歳の1年にできたらいいなと思ってますので、皆さん応援をよろしくお願いします。

素敵な生誕祭を開いてくださった皆さんにメッセージ

はい、えー今日はこの会場に来てくださった皆さん、そして配信を見てくださってる皆さん、本当にありがとうございます。

ありがとうございます。

もう凄いオープニングから、私の推しのペンライトカラーがピンク・ピンクなんですけど、凄いピンク・ピンクーっていう風に凄い皆さん協力してペンライトの色変えてくださったりだったりとか、あとコールも本当に凄くて、あの、ビックリしました。

本当になんか、コールが凄くて全然私歌聴こえなかったんですけど、もうほんとにそれぐらい自分の声が「わー」ってなるぐらい凄い皆さんコールをしてくださって、なんかその、この生誕祭を迎える前に「21日は絶対声を枯らしちゃうなー」みたいな感じで凄い気合いを入れてコールをするぞって言ってくださったファンの方とかもいらっしゃったんで、凄い、ちょっとね、「えへっ、どんな素敵なコールしてくれるのかなー」とかって思ってたんですけど、本当に凄い凄い素敵なコールをしていただいて、多分配信を見てくださってる方も多分配信に乗って「わー、ゆりなちゃんのコール凄いな」ってきっと多分思っているのかなとか思うんですけども、それぐらい素敵なコールをしてくださったので、今日はちゃんとのど飴をなめて、濡れマスクをして保湿をちゃんとして帰っていただいて、ケアを、喉のね、ケアを、また風邪とかね、色々季節のこの温度差でね、体調崩したりとかもするから、ね、気をつけていただいて、でも本当にこの素敵な横断幕? 横断幕も、なんか凄いの、デザインめっちゃチョコレートみたい、チョコレートだよね?きっとね、可愛いし、この何だろう、ゆるゆる二頭身のプリティゆりなちゃんが凄い可愛くて、この素敵なものも用意してくださって、ほんとに私は、そうですね、なんか、けっこうね、割とファンの人には割とツンツンしてるというか、あまりなんかこう、なんだろうな、「可愛いらしい♪」みたいな、なんか「キャー♪」みたいなのはあまりしないタイプの私なんですけども、それでもこうやって何か私のことがあると駆けつけてくださって、今日みたいな素敵なものを準備してくださったりとか、私、生誕凄い「いつやるの?いつやるの?」って言われてて、「私もわからない」って、本当にわからなかったから「わからない」ってずっと言ってたら「16人公演なのか、僕太なのか、どうなのか」みたいな、で、けっこうそれで僕太ってなってからは、なんか色々とその準備が「あっ、僕太でやるのか」ってなって、「わっ、マジか」ってなって、けっこうバタバタしたっていうのを聞いたので、凄いそれも間に合わせて準備していただけて本当に私、改めて凄い素敵なファンの人たちに応援してもらって恵まれてるなって凄く感じることができたので、本当に皆さん、今日来てくださった皆さんと、今日は「あー入れなかったやー」っていう皆さんと本当に本当に改めて、ありがとうございます。

(2024年5月21日 AKB48劇場 「僕の太陽」公演)

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